小川忠太郎先生剣道話(20)~「剣道は一本でいい」(加藤完治)~
形の稽古も竹刀の稽古も、どっちも難点がある。それを破ったのが寺田先生と白井亨。これはお手本になるね。 一所懸命にやると、行き着く所まで行くが、そこからもう一歩行くというのが大変だね。 世間はそこまでやってないよ。 戦前から「当てっこ」で剣道が行き詰まってっしまっている。 今はその延長だよ。審判法を作って、「なんじゃない、かんじゃない」とやってる。どうしようもない。元々が違うんだから。 当てっこは剣道じゃない。ここでやってる稽古だって、やっぱりそういう難関があるから、そこを知っておって、そこを突っ込んで行かないとね。大変なことだ。 加藤先生は、その点を徹底しておったと思うね。 「剣道は一本でいい」と言っておった。珍しい人が出たね。加藤完治という人は。 内原には、教練、武道、学科、農業と色々あるんだが、加藤先生は、武道つまり剣道は「他のものとは同列じゃない」と言っておった。「剣道は、学科とか教練とか農業の元だ」と言っていた。「内原では、竹刀打ちの剣道はなくしてもいいから、法定(直心影流法定の形四本)だけはなくすなよ」と言っていたが、これは遺言です。 そういう人が法定の形から出ている。法定はいいですよ。これを加藤先生のようにやればいい。 「刃筋を立てる」。これは根本。これが出来ないと「気剣体の一致」が出来ない。「刃筋を立てる」。これを逃してはいけない。 これについては、加藤先生はうるさかったな。偉いね。専門家じゃないよ。 外してはならないポイントがあるから、そこだけは守ってね。幾つもありはしない。高等学校の生徒でも、変な持ち方をしているのがおるよ。そういうのは直してやってね。最初に習った通りに数をかける。そうすると段々熟してくる。 そういう意味では、私も本当の技は出ないね。そういうもんだな。まあ出なくてもいいんだよ。ただ真剣にやってればいいんだ。 ここで、一刀流と直心影流と無刀流と、それだけを正しくな。かたちだけでもな。 昭和55年3月 『小川忠太郎先生剣道話 第一巻』より タイトル、抜粋… 令道
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