小川忠太郎先生剣道話(53)~剣道は突き詰めれば「面一本」・・・
剣道は突き詰めれば「面一本」。
どんなに窮した場合でも乱れない。
これが最初の土台なんだ
みんな正面から良い稽古をしている。
構えの時に「左半身」が、ちゃんと入っていなくちゃいけない。
左の腰を入れないといけない。
左足が真っ直ぐになる。
これで自然なんだ。
それで、左手が「もと」の手なんだ。
右手は軽く添えておく。
それで、面を打つ時は、そのまま真っ直ぐ上げればいい。
一番楽な道を真っ直ぐ上げればいい。
そして、そのまま下ろせば面が打てる。
上げる時に、余計な事をしない。
無理に肘を伸ばさない。
真っ直ぐ上げて、真っ直ぐ下ろす。
相手はひと足先に居るんだから、それにひと足出る。
「ボクーン」と打つ。
余計な事さえしなければいい。
これがちゃんと出来れば、形(一刀流)の一本目が出来る。
切り返しの面だって、真っ直ぐ上げて「ボクーン」と。
あんまり近くまで「ちょこちょこ」歩いて行っては駄目。
一足一刀の間合から真っ直ぐ上げて「ボクーン」と打つ。
掛かり稽古の時もこの面がもとになる。
面を打って、それから胴を大きく打つ。
こういう大きな技を覚えておけば、地稽古が出来る。
掛かり稽古で、小手から面を打つ時、小手は小さく打つ。
そして、面を大きく打つ。
だから、剣道は、突き詰めれば「面一本」。
面一本を打てればいい。
つまり、形でも、切り返しでも、掛かり稽古でも、皆同じ。
この面一本を覚える。
剣道は、あんまり細かい事を覚えたら駄目。
大きい所を一本つかめばいい。
その中にみんな入っている。
それを技で言えば「面」だ。
真面(まめん)の出るうちは幾つになっても上達すると、昔から言われている。
その面の出る所はどこにあるかというと、(一刀流)五点の「妙剣」にある。
五点には、低い境涯から高い境涯への道筋か示されている。
曹洞宗では「五位」と言っている。
「妙」とは「空(くう)」。
自分にあるものなんだから、それを工夫することが大事。
「妙剣」では、自分を守ろうとしない。
開けっ放しだ。
「空」だ。
さあ、どこからでも来い。
「空」。
生まれたまま。
そうすると、相手が入って来るから、すり上げて「パッ」と打つ。
「空」からパッと生き返る。
ここは説明出来ない。
開けっ放しの所から、勇気だけだな。
人間の本当の「ギリギリ」のところ。
そして、その後は「ズーッ」と大正眼に立ち上がる。
そして、ごちゃごちゃしないで「面」だ。
それが「妙剣」だ。
乱れない。
乱れない所へ来るから「ボクーン」と切り落とす。
そこを修行すると、人間形成につながる。
どんなに窮した場合でも「乱れない」。
これが剣道の最初の土台なんだ。
本当の面一本。
これが出来れば、後は応用で小手が出るし、ほかの技もみんな出来る。
それが二本目の「絶妙剣」だ。
変化に応ずる。
まず、一本目の妙剣が出来るように修行してください。
禅で言えば「公案」だ。
自分の肚が動いちゃ駄目だ。
肚が動かないというところ。
これが妙剣ですから「真面(まめん)」一本を修行する。
一刀流でいう「一刀万刀を生じる」というところの「一刀」です。
この一刀が万刀を生じる。
二本目の「絶妙剣」は万刀だ。
一本目の「一刀」が千変万化する。
妙剣の「一刀」を覚えないで、千変万化の細かいところをやると、分からなくなっちゃう。
だから、ここをしっかりやるように。
(一刀流の)形で言えば、(一本目の)「一つ勝ち」。
(高上極意)五点で言えば「妙剣」。 昭和56年11月29日 宏道会剣道場にて 『小川忠太郎先生剣道話』第1巻より *タイトル、構成、( )内……栗山令道
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